« 2010年2月 | トップページ | 2010年7月 »

2010年3月の12件の記事

2010年3月22日 (月)

ピーちゃんのお参り

お彼岸中日の嵐

黄砂が吹き荒れ 

墓参りの移動も 大変な一日でした



吹き飛ばされそうな風の中で

その風に乗っている ご先祖様も

労いの言葉をかけてくれているでしょうネ




わが家にも

お線香あげの訪問があるので

早めにお参りを済ませての待機です




3年前の12月

享年97歳で天国に旅立った

主人の母は 

5人の娘と 孫が 何よりの生きがいでした



嫁としては その事が 

障害となる事も 度々ありましたし

心残りも無い訳ではありませんが

こうした時でもないと

会うことも少なくなった 義姉妹との交流が

妙に懐かしく 

大切にしたい気持ちで

待機できるようになりました




特に その姪が子連れで来てくれるのが

ホントに嬉しい

ピーちゃんのお仏壇の前に

ちょこんと座り 

手を合わせるその姿に

ピーちゃんならずとも

メロメロでしょ~~(笑)




来てくれましたよ

ピーちゃん!



2010年3月21日 (日)

春 招来

来た!

名前は分からないけれど

春やってくる  いつもの客です

今年は 

お彼岸中日の 今朝 やってきました!

探しても探しても 姿を見せた事のない

私の 「春告げ鳥」 

その声の主を 

インターネットで調べてみたが

オオルリの鳴き声に良く似ている

しかし オオルリは夏の鳥だという

結局はわからないままだが

何とも言えない美声の 「春告げ鳥」です
 




その 声の主がやってくると

わが家は毎年 

山海の採り物の季節が始まります

今年も・・・・ッと 言いたいところなんですが

今年はチョイと 事情が変わった




それは 去年の出来事

いつものように 半島に向けて

いつもの浜に行くはずでした

ところが何を思ったか 主人が

「今日はこっちに降りてみよう」

と言うので その浜とは違う場所から

磯に降りてみたのです




採るのは ツブと少々の海藻類です

いつもの浜なら 

ある程度 大目に見てくれているようでしたし

おじいちゃんが元気なときから

通っていた浜です




その浜に行く途中

急きょ変更して 初めて降りたその磯で

思いのほか大きなツブが獲れました

(といっても 大きいもので500円玉程度のもの) 

見ると そこに○○も時々浮いていて

大きな声では言えないのですが

数個・・・・・ネ キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ




そしたら 

次回も行きたくなりました

・・・行ったんです




崖の上に車を止め

磯に降りて行ったのですが

その日は大潮ではなかったようで

ツブも思うように拾えず

ウロウロしていました




気がつくと

海の向かい側に どーも漁船とは違う船が

止まっている




もしかして 巡視船?

二人でそう思いながら

(ツブ拾いの磯遊びで 巡視船はないよね?)

という簡単な気持ちで ツブを拾い続けました

そのうち船もいなくなり

その事を忘れていた




「おーい!」

その声が聞こえたのは

それからしばらくしての事

見るとお巡りさんの姿です

それでも (まさかツブ拾いを咎められるはずない)

という思いしかなかったので

声をかけられた主人にかまわず

作業を続行




しばらくしても お巡りさんと何やら話している主人

(えぇーっ!まさかでしょ!)

そんな思いで近寄っていくと

「奥さん?その袋 ここに置いて!」

命令です

「ツブも獲ってだめなんですか?」と聞くと

「だめなんです」との返事

他に三人程の人がその磯にいた

「みんな仲間か?」との質問だ

「違います」

浅瀬に置いた獲物は

少々のツブだけ




それでも 住所と氏名を控えられ

(やれやれ もう二度と来れないね)

と 来るときに降りた崖を

二人 すごすご登っていくと

車を置いた場所に4~5台のパトカー

制服のお巡りさん10人ほど




分かります?

事の重大さを そこで改めて感じた事

血の気の引く思い! ( ̄○ ̄;)!

分かります?




もう止めました

もう二度といけません

今年からは

山菜とり専門ですね~~~(苦笑)




皆さんも 磯はいけません!

・・・でも つりはどうなのよ?

つりは関係ないの?

2010年3月19日 (金)

主 二世誕生!

今日は風もなく 

穏やかな春の日差しがいっぱいです


寒い冬の間 

(・・・・・と 一年中と言った方がいいかも?)

敢えて見ないふりの

わが家の小さな庭にも

春を運んで

花の芽がポツリポツリと

膨らんでいる



Alim0116



この牡丹は まだやっと葉が出始めたばかり

でも

今年も 花はほんの少ししか咲きそうにないようです

天国のおじいちゃん(義父)に叱られそうです!


主だったおじいちゃんが 

不自由な体を 引きずりながら

手塩にかけていたこの庭 この牡丹も

当時は

たくさんの花を満開にして楽しませてくれました


14年前のことです

脳こうそくを患いながらも

誰の言う事にも耳をかさずに

黙々と庭の手入れを怠らなかったおじいちゃんは

この牡丹の花が咲き始めると

まるで いとし子を守るかのように

こうもり傘をさしていました


雨から花を守り

少しでも長く花を咲かせたいという

そんな気持ちからでしょう


その事を花たちもわきまえて

主が居る間 

本当によく花を咲かせ

楽しませてくれました




これまでは14年間も

主のいない庭だったけど


今年から 主 二世がやってくる!

(◎´∀`)ノ ♪♪♪~~~

??? 二世になるつもりあんのかなぁ!

草一本取ったことない!


主人は ぜ~~~んぜん

おじいちゃんに似てません!!

2010年3月18日 (木)

卒業と門出の春

退職が決まっている主人のために

「ご苦労さん会」の案内状を頂き

昨夜 招かれて

花束を抱えて帰ってきた主人

Alim0096_2 

きれいですね~~~♪

Alim0105


私は 素直に花束を頂いた事が嬉しい



でも 主人にとってこの花束は

もっともっと 複雑な意味のあるものに

映っていることだろうと・・・ 

私には 察する事しかできませんが


だってネ~~~

四十六年と六ヵ月ですよ!

ほぼ半世紀です


高校を卒業して 

一時は 

漁港の魚市場にお勤めしたのですが

朝の早いのが 

どうにも我慢できなかったと 辞めてしまって

家でプラプラしているところに

母方叔父の勧めで

今の会社に入社したとのこと



当時 この地方では都市ガス会社は

設立して数年しかたっておらず

何もかも 自分たちの手でせざるを得なくて

毎日毎日 

穴掘りしながらガス管を伸ばしていったそうです

勿論 従業員だって少なくて

一人何役をもこなしながらの仕事が続きました


ガスの作業中の事故で

作業員が亡くなったりしたこともあって

安全にはずいぶんと気を使っていたようですね




今 一人また一人と 退職し

当時を知る人間は

主人一人となってしまいました




長い勤務の会社です

それなりに思い入れは大きなものだし

卒業することは 

大きな変化の波の中に

身を置く事でもあると思う

来た波には 逆らいようもなく

上手にその波に乗って

二人で 楽しんでいけたらいいなぁ

と思うので~~~す♪

2010年3月17日 (水)

町内会

今年わが家に ほぼ二十年ぶりに

町内会の組長という役職がまわってきます


会費の集金 

回覧その他の連絡等が主な仕事です


この中で一番厄介なのが

やっぱり会費の集金でしょう


私が担当する組には

約20戸の会員がいて

その大部分は昔からの会員さんなので

訪問していやな思いをすることはないのですが

それでも 不在など一度ですまない事があります


まして戸数の多いアパートなどを抱えた地区は

出入りも多く 考え方も様々なので

苦労が多いと聞きます


この町内にも

あるコンビニを経営している若い夫婦がおりました

出身は東京方面と聞きましたが

店の二階を自宅にしていて

小学生のお子さんが一人で

家族3人で暮らしていたのです


それで その組の組長さんが 

会費を集金に行ったところ

「私どもは ゴミも営業ごみで処理してますので

町内にお世話になることはございません」

と 追い返されたそうです


それを聞いた時は

さすがに唖然としました


その地区に暮らし 

その地区で商売していて

その言葉はないだろう

人が生活していくには

問題はゴミだけなのか?


孤島に暮らしているわけではないだろうに

ゴミを自分で処理しているからと言って

人と人とのつながりが

目に見えなくて それで商売なりたつのだろうか?

と 憤慨したものでした


今 そのコンビニはなく

事情があって

出身の東京方面に戻られたと聞きましたが

まわってきた役職を引き受けるにつけ

そんな事を思い出しました


どんな小さくても どんな細くても

目には見えないけれど 

近所のつながりは

無いよりあったほうがいい


そんな思いで

今年一年勤めさせていただこうと思っています

2010年3月16日 (火)

食った 笑った 地震だ

先週 土曜の夜は

冬眠中だった家庭バレーボール仲間が

「ソロソロ暖かくなったし 

みんなで食事でもしようよ」

ということになり 集まったのです


いつもの 安くてたくさん食べれるお店で

腹いっぱい パンパンに食べました

(私たちは お酒を飲む人がいないので

どうしても食べる方に向かいます)


八宝菜 酢豚 バンバンジー 

春巻き 卵スープに

お造り そしてお寿司と

さんざん食べて 楽しいおしゃべりした後

それぞれにパンパンなおなかを抱えて

・・それで終わるはずがないconfident



  

今度はファミレスに向かい

お決まりの 別腹コースです

みんなで同じパフェを頼んで

これもペロッと平らげました


バレーの話はどこへやら

いつも やり玉にあがる

ご主人たちの話で

笑い転げる お嬢様たち?


しばし そんな楽しいひと時の後

それに水を差したのが

突然の大きな揺れでした

こわーーーっ!!


人一倍 

地面が揺れることが 怖い

それに築45年のわが家が心配!

99.9% まもなくやって来るであろう

「宮城県沖地震」が頭をよぎる


立ち上がろうとするが

ファミレスのラウンジのようなボックスに

パンパンなおなかのお嬢様たちが

すき間なく座って身動きもできない


密かにジタバタした私に

「あんだ こわいの?

ジタバタしたってここがダメなら

どこに居たって駄目なんだから」

とすましておっしゃる


あ~~~っ!

なんという 太っ腹

負けた!



そんなわけで

その後まもなく解散

何事もなかったように帰宅する

太っ腹のお嬢様たちでした

 

2010年3月13日 (土)

一休み

好奇心だけで 

何も分からないネットの中

散歩してたら・・・・・



ハーッ! 

キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ

目がまわりそうです!



今、酔っ払ってま~~~す




Alim0087

一休み 一休み ・・・

Alim0080_2 

写りが悪いのは 

夕暮れ時のせい?

カメラの性能?

それとも 腕かな?

2010年3月12日 (金)

お返しよ!

今日は明るくて い~ぃ天気ですね!



ホワイトデー前 最後の金曜日なので

持ってきましたよ~! 

ご主人さまが  とんでもないお返しを

・・・・・ここでは言えないんですけどネ



最後のプレゼントになるので

本人は 大奮発 ですよ



喜んでくれるかどうかは・・・・・???



本当にそれでいいの?

と 主人に聞いても

それで良い・・・との

自信満々の答えです



さぁー 事務員さんの反応は

どんなもんでしょうねー!

楽しんでくれるといいのですが…!


2010年3月11日 (木)

ごくろうさま~~~!!!

三月も半ばにさしかかろうとしています

光陰矢のごとし



━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆




おじいちゃんとおばあちゃんの

「じょっこ息子」 sun

わが家のご主人さまが

この三月末をもって

退職することになりました




この「じょっこ息子」 sun は

会社でも「じょっこ息子」で通し

最後まで頑として

机の上に置かれたパソコンを

覚えようとはしなかった




会社では十年(?)くらい前から

講習会を開いて

全員の机の上にパソコンが置かれ 

社内連絡はすべてメールで行われていた


そんな中で

「俺 パソコンなんかやってられっか」

とかけて

たった一人 それを貫き

得意そうにそう公言するご主人さまに

あきれて 言葉もない私 

┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~ 

若い事務員さんとの

下ネタ話は 大好きで

家に帰ってくると その話で盛り上がり

「チョットチョット それって、セクハラでしょ」

と注意しても

ほとんど生きがいにしているようだった



 

これから大丈夫かなー?

私は そんな事務員さんのようには

お相手してあげられないんだよネ





今度のホワイトデーには

これまでのお礼の意味も込めて

事務員さんへ

どんなお返ししましょうか?





お父さんも 

四十六年と六ヵ月

お勤めごくろうさまでした

o(*^▽^*)o

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

2010年3月 9日 (火)

沈没『ふらの丸』

北の大地へ向かうはずだった

「ふらの丸」の沈没が報告されました

4日 午前11時30分

届いた1通の封書によって



Alim0076

 

少し厚みがあって

通知だけにしては…と

チョットだけの淡い期待は

みごと打ち砕かれました


戻された履歴書が入っていただけ

・・・・・ヤッパリ・・・・・down




サポートステーションの仲間からのメール

結果は同じだという




仲間と一緒に富良野に行けたらいいね

そして 自分の将来につながる何かを

掴んでこれたらいいね!




夢を広げられた瞬間が確かにあった




無駄だったとは思いたくないし

小さくても一歩が

確実に踏み出せたと

母は そう思っている

2010年3月 3日 (水)

「ふらの」への夢いずこ

ロッチ(次男のことです)が先週 

サポートステーションの担当者の方に

履歴書の書き方を教わって 応募 郵送した

「ふらの農協の農業体験者募集」

この4日にその「電話面接」の仕方を

教えてもらうことになっていたそうです




私は私で・・・・・パンフから 

面接の日程は3月下旬以降とばかり思っていたので 

書類審査でもし通ったら

面接の仕方 勉強しなくちゃね・・・と

そう考えていました



あーぁ! 遅かったです

不意を突かれました



チリ地震大津波の余波が

まだぬけない 昨日昼過ぎ

自分の部屋から出てきたロッチが

「富良野から電話が来たよ

電話面接だって・・・」

ぼそっと言った



エーッ!そんな・・・

不意の事に驚いて

「どういうお話したの?」

と冷静を装って 彼に聞いてみた

何せ生まれて初めての面接

しかも 他人と話すことが苦手ときている

「んー 志望動機とか… んー 自分の長所とか」

どうにも はっきりしない

「なんて答えたの?」 と

せかすように聞いてみたものの

「どぎまぎして きちんと答えられなかった」 

「だめだな」

と言う返事



「ふ~ん そっか」 「まぁ 仕方ないよ」

と言いながら

どこか心の片隅に 祈る思いを残していた



そんな気持ちはあったけれど

それ以上に この十三年

不動の時を重ねてきたロッチが

面接するという

その事に 感動を覚え

その事が 嬉しかった



「ふらの」への夢は夢としてもいい

一歩が小さく動き出したと思いたいのです

2010年3月 2日 (火)

チリ地震津波

一昨日のチリ地震津波 びっくりしたー!



港町に住んでいて 海岸付近ではないといっても

そばに大きな川があるので心配しました

主人の会社は 海岸近くにあるので

警戒のために 出勤していきましたが

彼は50年前のチリ津波の時をよく知っていました

親の転勤の都合で その時もやはり港町にいたからです



父親が転勤してその港町に行き

最初は 海岸のそばの社宅に入っていたそうです

ところが間もなくして その社宅がもらい火で被災し 

同じ町の高台に 引っ越しました



それからしばらくしくしての出来事だったと聞いています

大きな津波で 海岸付近のその社宅には

トラックが突っ込んでいたということでした




はじめは引き潮で 海底があらわれ

その後押し寄せてきた第1波 第2波で 

水がすっぽり 家を飲み込むようだったと

いまは亡き主人の母からも 聞いていました

その最初の社宅にいたら と考えると

ゾッとしたことだろうと思います


そんなわけで

三メートルの大津波警報には びびりました



私は 友人の父親が数日前に亡くなり 

葬儀の日でしたので

心配しながらも 出かけました

葬儀会場は私の実家の菩提寺でもあり 

近くでしたので 葬儀が済んで

寝たきりの母を見舞いながら・・・と考え

帰り足で 実家に向かいました






いつもの通り玄関に手をかけて開けようとしたのですが

玄関には鍵が掛かっていて開きません

そんなことは 今までなかったことです

年中 鍵なんて掛かっていたことのない

田舎の農家です




母の部屋の方に回ると

母のベットも空でした

そう云えば 

いつも月末はショートステーだった

と思いだしました




二人でお出かけしたらしい

この津波騒ぎの中を よく出かけたもんだと

あきれるやら おかしいやら ┐(´-`)┌




後で聞いたら 水戸の偕楽園まで行ってきたとのこと

家族で楽しそうに語るのを見ていて

良かった良かったと・・と思いました




寝たきりの親を抱えて 

毎日の介護は 

本当に大変です




元気で明るい兄嫁に 感謝しつつ

あの大津波警報のサイレンの鳴る中

出かけて行った 無頓着さが

おかしくもあり 微笑ましくもありました(笑)

 

 

« 2010年2月 | トップページ | 2010年7月 »