« 2013年1月 | トップページ | 2013年3月 »

2013年2月の6件の記事

2013年2月27日 (水)

希望

朝 家事をしながら 

何気なく眺めていたテレビから流れてきた 

♫~♪


  どこかに故郷の 香りをのせて 

  入る列車の なつかしさ

  上野はおいらの 心の駅だ

  くじけちゃならない 人生が

  あの日ここから始まった
 


テレビは

上野駅の開業130年を伝えるものでした



不意に流れてくる涙

自分でも訳が分からず

何で…?



上野駅と言えば

日本の高度経済成長期を担う働き手として

「金の卵」ともてはやされ 

地方農村から大勢の中学を卒業したばかりの若者たちが

東京・大阪の中小零細企業へと送り込まれました

そんな若者たちが 様々な思いを胸に

都会の玄関口 上野駅を目指していた時代の

まさに心の駅 なのかもしれないと思っています 



団塊の世代にとっては 

上野駅と言えば

井沢八郎の「ああ上野駅」なのですね



東北 宮城 石巻圏から

一歩たりとも出たことのないかぶにとっては

上野駅に何のドラマもないはずなのに

予期しない涙は 時代への郷愁なのでしょうかねぇ



まぁ これがお歳ってことなのでしょう



ついでに



   就職列車に揺られて着いた

   遠いあの夜を思い出す

   上野はおいらの心の駅だ

   配達帰りの自転車を

   とめて聞いてる国なまり


   ホームの時計を見つめていたら

   母の笑顔になっていた

   上野はおいらの心の駅だ

   お店の仕事は辛いけど

   胸にゃでっかい夢がある



001


 

2013年2月25日 (月)

二人のお内裏様

001

今年も 寝たきりの母のベッドのそばに

義姉がお雛様を飾ってくれました



「こんにちわ」

部屋に入るとひな人形の優しさが母を包んでいるようで

やわらかな気分に包まれます



でも 昨日の母が見ていたのは

ひな人形ではなく 長押の上に飾られた

祖母と二人の夫の写真でした



母はかぶの兄二人を生んで

夫を戦地に送り出しましたが

夫が戻ってくることはありませんでした



戦争中は 幼子二人と病弱な義父母を

松島の山の中にある母の実家に疎開させたりしながら

航空基地の傍にある家を守り



戦争が終わると

夫の弟が戦地から帰ってくるのを待って

義弟と結婚しました

その義弟がかぶと弟の二人の父親となりました



いま 母は寝たきりで痴呆が少しづつ進んでいますが

今のところ 人格は保たれ ご機嫌でいてくれますので

ホッとすると同時に 

母を明るく介護してくれる義姉には

手を合わせて感謝しています



お雛様の優しさに包まれ見ている この二人のお内裏様が

母の目にどう映っているのか

娘として聞いてみたい気持ちはありますが

おしゃべりを楽しんで話し込むような母娘ではなかったので

今はまだ 喋ってくれそうもない気がしています



(とうちゃんとかあちゃんは

ホント喧嘩ばっかりしてたよねぇ~)



いつか 話せる時が来たら

その時は 時間をかけてゆっくりと

いつまでも女同士の話しをしたいと思っています



これ かぶの秘かな愉しみ?  なのですよ



...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。



帰りに寄った 蔵しっくパーク 

「くらっぱ みんなのひな祭り」では

ひな人形とつるし雛の展示が今年もあって

いいものですね~

穏やかで でも華やいだ やさしい気持ちになれますね

014 021 012 006 013 025 028

(お茶”っこ いっぺぇ飲みだかったなぁ~)


夕方だから 時間がなかった (;ω;)

3月5日までだし また行こうね!

2013年2月20日 (水)

2月定例会

    Cocolog_oekaki_2013_02_19_15_37

保健推進員の2月定例会を兼ねた講演会がありました



講師の精神科医師 川崎万生(かわさきまき)先生は

現在横浜桜木町クリニックに勤務されて

横浜市精神保健センター嘱託医と

神奈川県男女共同参画センター

DV相談アドバイザーを兼任されている方だそうです



いただいた資料を見ながら

(なじょなお医者さんが なじょなごど喋んだべ) なんて

威厳のある年配のお医者様を想像していました



入室してきた華奢な今どきの恰好した若い女性を見て

(スタッフの方?)かと思いましたが

講師席の前に立ったのが 小さな驚きでした



保健推進員と言えば

どなたも60歳は優に超えたおばちゃま達です

この先生がおばちゃま達を前に

心の問題をどんな風にお話をするのか

興味津々でした



上手いこと話を進めることができるのか

ドキドキしながら 

半分は我が子を見守る様な気持ち になっていましたが



(そんなの関係ねぇ) 

余計なお世話でした



被災地のこころの問題に

震災直後から係わっていらした先生ですので

どう話したらこのおばちゃま達に

お話が分かってもらえるのか

その熱意が伝わってきて 好感が持てました



約2時間のお話は省略ですが

先生がお話の最後に引用したのは

ブッタの言葉でした



見るものは見ただけ

聞くものは聞いただけ

感じたものは感じただけ

考えたものは考えただけに止まりなさい

その時 あなたは外にいない 内にもいない

外にも内にもいない 

あなたはどちらにもいない

それは 

一切の苦しみの終わりである



物事に一喜一憂することなく 

事実を事実と受け止めて とらわれない事

そんな解釈でいいのでしょうか

実にその通りだと思います



それでも生身の人間 

これが難しい時もあり 悩みを抱え込むこともあります



講演会に参加していた方が

小学生のお孫さんの事でお話しされていました



震災で受けたお孫さんの心の傷が大きかったようで

昨年12月7日の地震でフラッシュバックが起き

現在、両親との分離不安が強く出ているそうです

どう接していいのかと言うことでした



これは 子供が(もう大丈夫)と思えるまで

時間をかけ 家族が安心を注ぎ込むことで

傷はかさぶたになって 徐々に癒えてゆくから

心配いらないとの事でした



震災は多くの傷跡を残していきましたが

人の心の傷も大きなものでしたね



建物やインフラ整備など様々な復旧復興が進められて

各地からの支援の手があります

心にも支えあい事業がありました

それが

震災こころのケア・ネットワークみやぎ

  「からころステーション」



各地からの医療専門スタッフの支援もあって

身体と心の相談会を 今も実施していることを改めて知りました



みんなで手をつなぐこと

これですね

その輪に自分もいること

それがどんな小さな輪でも


003

保健相談センターの入り口の

小さな小さなおひなさま


010

大橋仮設に届いた春のおすそ分け

奈良法隆寺の庭に咲いていた 白梅と水仙

法隆寺の春って・・・行ってみたいなぁ

2013年2月17日 (日)

法人化の農業

今朝の地元新聞に

震災からの復興のために立ち上がった農家が

仲間と共に株式会社を設立

新しい営農に取り組んでいるという

震災からの〝私の一歩″を紹介していました



目に留まったのは 

大きく写真入りで報じられているその顔に

見覚えがあったからです



同じ市内にある実家も中小規模の農家なので

震災で受けた農家の痛手と その苦労は

わかっています



被災した農地農機具等 

設備の復旧には 個人の力では限界がある

高齢であればなおさらのことです



報じられていたのは

農業を続けていくためのチャンスととらえて 

地元生産組合の仲間が中心となって

法人化を話し合ったとのことでした



けれど 

14人の組合員の中には離農を考える人もいて

法人化に賛同したのは 4人だけだったという



実家の状況等を考えれば 

話に乗れない人の事情も分かる気がします



法人化に踏み切った 社長65歳

昨日まで土地を耕し 

空や風を見て生きてきた人間です

慣れない事業経営のこれからを考えると

決して楽ではない挑戦にみえますが

すでに一歩を歩みだしています



エールを送りたい気持ちになりました



高齢化の農家が今突きつけられている問題は

根本の構造から変わっていかなければ 

生き残れないのではないかと言われています



日本の農業を支えるためにも

農家の社長さんには

ぜひとも頑張っていただきたいと思いました

2013年2月12日 (火)

冬ランチにありつけず(涙)


いつもの4ばぁが集まって

どこかでランチしようということになりました



相談は「カラオケ合衆国」の一室での事



平日の昼下がり 

時間200円とドリンクバー

フリータイム650円とドリンクバーとで

どっちがお得か

入口のカウンターでさんざんごたごたして

(料金体系を飲み込むまで 時間を要す)

店員さんを悩ませ 必死の計算の挙句に

3時間とドリンクバーのコースを選択して入室

(夕飯までの時間内だと50円お得)



コーラを飲みながら持参の菓子をかじっては

とりとめない話で盛り上がり 

いつのまにか 一時間が経過



その話の中でのランチ候補は 

やっぱり 

「松島の三ツ星冬ランチ」 だと言うことになったのでした



その当日が 昨日でした



大観荘の冬ランチ

一の坊の冬ランチ その他数店舗

冬ランチを提供しているお店はありましたが

ホテルの雰囲気を味わいながらお食事をして

暖かいところでゆっくりできることを考えると

大観荘か一の坊がいいということになりました



予約はしなかったが 何とかなるさと

まず大観荘に飛び込んでみた



昨日はあいにくの三連休

駐車場に入った時点で

「本日は ご予約でいっぱいでございます」

とやんわりお断りされました

言われれば駐車場は満杯状態



じゃぁ 向こうはどうかしら?と

一の坊に向かうと

駐車場には空きもありボーイさんも出ていない

「しめしめ」とホテルロビーに入り込んだが

やはり 予約は満杯だった



やっぱり予約は必要だね と

お腹は空くし 気勢をそがれてがっくりしながら

すごすご引き上げる自分たちの後姿を

別の自分が憐れんで眺めていました



食事にありつけない「かわいそうな」おばぁ達でありました



それで 

大観荘のボーイさんが

「バイキングならお食事できます」 と言っていたので

大観荘に戻ろうということになりました



要は 

「お腹が空いたのでバイキングでもいいや!」

ということになったのです



再び大観荘へ

昼時の先ほどに比べ 駐車スペースがうまく開いていて

玄関脇に止めることが出来ました



バイキングはお値段もあるのでしょうが

まぁ 自宅でも食べられるお料理が多く

珍しいものでもありませんでした



それでも

お腹は満たしてくれましたので

友人とのお食事と

ホテルのロビーの一角を陣取って

2時間もおしゃべりに興じられ

ゆっくりと日常を離れた感覚が

何よりの 楽しい一日でした



まんず まんずの旅気分?

2013年2月 4日 (月)

だいこん坂Ⅱ

前日降った雪を踏みしめて

「だいこん坂」を歩く女子高生の姿が

翌朝 地元紙のHPに掲載されたのが1月15日だった 



長年 

石巻に通学したり 住んでいるかぶですが

その名を初めて聞いて

(そんな名があったのか) と

だいこん坂に 親しみを感じていました



さて 

その名の由来には 

ちょっとおおいに関心を持っていたところです



だって 女子高生が毎日通学する坂道ですよ

「だいこん坂」の〝だいこん″という名をを聞いたら

やっぱり気になるというものですよ



かぶだってその昔は 女子高生

通学は 日和山ではなかったけれど

はぁはぁ言いながら

坂道を制服姿の足をむき出しにして通学していたのは

同じですもの



その疑問 昨日の新聞が解決してくれました

2月3日付の「石巻かほく」

Img002_3

疑問に答えてくれています



いつ頃名付けられたかは 定かではないが

この坂を登下校していた女子高生が

自分たちで名づけたらしいとのこと



3年間通ううちに 

鍛えられて〝大根足″になってしまうという嘆きを

坂道に名付けて 楽しんでいた

そんな事だったのではないでしょうか?



この記事の掲載

もしかしたら 

かぶの「?マーク」が記者に届いたのでしょうかねぇ

。。。。。

それは ないか  ( ^ω^ )



★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜



イオン石巻で開催されている復興写真展

係の方にお伺いしたら OK頂けたので

写真に収めてきましたよ~


017 005 018 003 009

« 2013年1月 | トップページ | 2013年3月 »