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2015年6月の3件の記事

2015年6月21日 (日)

母の転居先は

母がやっと居場所を得て

落ち着きを取り戻したと思ったのもつかの間だった


母の看取りを覚悟し受け入れた施設でしたが

その不安解消の力になった母の主治医が

のちに法律関係(?)を調べたところ

施設認定の医師以外が往診という形で施設に入ることは

出来ないらしいとのことだった


詳しいことはわからないが

終末期を迎えた母が 居場所を2転3転 


帰る家をなくし 

長年親ししんだ施設にもいられなくなった


一時避難で

再び主治医が営む有料ケアハウスに入ったのです


ケアマネージャーを頼りに

看取られる最後の居場所を探して模索中


なんとしたことか。。。。。。。。。。。。。。。。


母は兄たち二人の父親だった夫を戦争で失った


年寄りを抱え家をを守るために働き

この時代としては普通のことだったが

終戦を迎えて戦地から戻った夫の弟と再婚したのです

(私と弟の二人の父親)


少しづつ農地を増やしながら 働いて働いて

小規模ながらもなんとか今日まで農家を続けてこられた


思春期を迎える私には

母に聞いてもらいたいことがいっぱいあった

だが なりふり構わず働く背中ばかりを見せる母に

年の離れた兄たちと弟の間で一人

反抗を強くしていった


今やっと母に正面から向き合えることに気がしている


母の背中ではなく 

正面から母の表情をとらえることが出来る気がして

語らなくなった母の顔から

その意志を読み取り笑顔を届けたと思っている


母が喜ぶ時間に少しでも立ち合いたいと思っている


食事は受け付けず ほとんど点滴のみ

肺炎を起こしつつある母は今

主治医の提案で次の療養先をあたっているところです

2015年6月14日 (日)

決断

施設に戻った母が

多少の落ち着きを取り戻して笑顔を見せるようになった頃

施設の方から再び連絡が入った


医師の往診を受け点滴はしているものの

肝心の食事をほとんど口にしない母に

施設側が危機感を持ってのことだった


なにしろ 母はショートステーの延長で

家庭の事情をくんでいただいての入所だったので

母の状態がもう看取りを覚悟するところまできていることを

心配していた


施設としては

これまでショートステーで看取りを行ったことが無い

そのため 

「最後はご家庭で看取っていただきたい」というお話になった


義姉の身体の回復を一番に考えたいその時に

それを言われることは

母のことを考えても義姉のことを考えても

(なんという間の悪さ)かと 残念に思えてならなかった


母を母の我が家にに連れて帰りたい思いはいっぱいだが

それを口にすることは 今の兄夫婦にとっては酷なこと


結局 最後は母の主治医が

施設側の「看取りで直面するすべての不安を解消する」

と言ってくださったために

今までにない看取りに踏み切っていただくことになりました


昨日 母はガラス越しに看護師が見守る看取りの部屋で

ひ孫の写真を見て笑っていた


娘として

母が望んでいた自宅に連れて帰ることが出来ないことは

残念なことだけれど

その分 少しでも多く母に笑顔を届けたいと思っている


高齢化社会のはざまで介護難民になりそうだった母

決断し手を差し伸べていただく多くの方々に 感謝です

2015年6月 4日 (木)

母の様子

介護していた義姉の入院から

母をショートステーの延長という形で施設にお願いして

2か月が過ぎた4月末

母は差し出されるスプーンに反応を示さなくなった

同時に母らしい表情も笑顔も消えていた


そのことで一旦施設を離れたものの

家族やケアマネージャーとの話し合いの結果

家庭の事情に配慮した施設側が

行き場を失った母を受け入れてくれることになった


母の主治医が 往診という形で

最低限の栄養補給をするため

時折 点滴をしてもらうことになったのだ


施設に戻った母は

物言うこともできず言葉にはならないけれど

落胆して 娘の私に怒りをぶつけた

(まだその元気があった)


言葉をかけてもあらぬ方向を見て顔を見ない

さらに声をかけ「こっちむいて」と体をゆすると

ぷいっ と顔をそむけた


気持ちは分かっている


母の気持ちを受け止め

穏やかに今の状況を受け止めてもらえるよう

その心に届けるのは

娘である自分の役目だと思った


施設に戻って2週間が過ぎ

今 点滴とほんの少し口にする食事で

生きるための栄養を補っている


それでも 時折笑顔も見せるようになって

穏やかさも取り戻しつつある

それがせめてもの救いになっている

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